「この町が大好きなんじゃ」
「 ま だ や る事があるんじゃけどな・・・。みんなに後は任せたわ。書類はいつもの棚に
あるから。よう言っといてな」一昨年の十月、病床で父は何度も何度も呟いていた。
私の両親は愛知県出身。結婚を機に祖母が一人暮らしをする岡山へ養子に入った。そこ
は約50世帯160人の小さな町で、外からきた人間に対して閉鎖的なところがある地区
だった。父は地域の人とどうすれば交流がもてるようになるかを考えた。
父は毎週末、地域の墓地にでかけて行った。自分のお墓だけでなく、墓地全体をいつも
丁寧に掃除をしていた。掃除をしながら、お墓に刻まれた近所の人のご先祖様の事や、
建立者の人の名前を覚えていたとのこと。
「いつもお墓をきれいにしてくれてありがとうね」なかなか話す機会がなかった人でも、
墓地で会うと皆さん笑顔で、昔話や地域の色々な事を沢山教えてくれた。父はそれがとて
も嬉しかった。
やがて父は地域の人に受け入れられ、少しでもお役に立てればと、墓地の管理者を引き
受けた。今度は「どうしたらもっとみんながお墓にまいってくれるか」を考え始めた。
「桜公園を作ろう」と、墓地の裏山に桜の木を毎年みんなで少しずつ植えていった。地域
の子供が生まれた記念に、小学校に入学した記念に、結婚した記念にと、人生の節目に
おいても桜の木は増えていった。「お墓は亡くなった人だけの為じゃないよ。生きてる私
達にも大切な場所なんだよ」父はいつも言っていた。お陰で毎年、桜まつりが行われる
ようになり、小さな子供からご年配のかたまで、普段交流が少なかった人達の中に、楽し
みな行事が出来た。また桜の時期だけなく、子供会では「桜の木にみんなの名前のプレー
トを作ろう」、消防団では「ベンチを置こう」、老人会では「桜の手入れをしよう」、
婦人会では「みんなが集まる時に御弁当を作って差し入れしよう」などと、桜の時期以外
にも地域のみんなが集まる場ができた。そこには笑顔があふれていた。
「お父さんは、この墓地のご先祖様に助けられたんよ。そしてこの土地の人間になれた
んよ。ここからの景色はええなぁ。この町が大好きなんじゃ」と、お墓から小さな町を
見渡しいつも私に話してくれた。
「お父さん、もう少しで墓地の階段に手すりがつくよ。みんなが参りやすくなるよ」
先日の父の三回忌に、墓前に家族・親族・近所の人達と一緒に報告することができた。
この町の墓地は亡くなった人を大切にしながら、地域のコミュニティを作ってくれる
大切な場所。父から私達は沢山の事を学び、受け継ぎ、そして守っていく約束をした。
私もこの町が大好きだ。

川上恵美子