誕生日参り

「おじいちゃん、プレゼントは何がいい?」毎年、祖父の誕生日が近づく度に尋ねると、
「じゃあ、じいちゃんに手紙を書いてくれ」
ニコニコと毎回同じ答えが返ってきた。
「モノは要らないの?」と訊いても、祖父は首を振り、「可愛い孫が書いてくれる手紙が、じいちゃんにとっては一番のプレゼントさ」と慈愛に満ちた笑顔で私の頭を撫でてくれた。
書道家の祖父は筆まめな人だった。流麗な字で知人らに頻繁に手紙を書き送っていたし、祖父のもとにも沢山の手紙が届けられていた。そして、私の誕生日にも必ず祖父はプレゼントに心の籠った手紙を添えて贈ってくれた。
「おじいちゃん、誕生日は何が欲しい?」
祖父の傘寿の誕生日は二か月も先だったが、願掛けのように言霊に託し、尋ねずにはいられなかった。末期癌に侵されていた祖父の余命は、あとひと月だと宣告されていたから。
 
「じいちゃんの欲しいものは変わらない。…でも、今年は直接読めそうもないから、ユカが書いた手紙、お墓の前で読んでくれるか?じいちゃん、天国でちゃんと聞いているから」
 病室のベッドで弱々しく微笑む祖父を見て、途方もない悲しみに襲われ、涙が溢れてきた。祖父は、子供の頃のように私の頭を撫でた。
「泣くな。ユカの笑顔は世界一可愛いんだぞ?じいちゃん、しんみりしたのが嫌いだから、じいちゃんが死んだら命日じゃなく、じいちゃんの誕生日に家族皆でお墓に来て、『じいちゃん、おめでとう!』って明るく祝って欲しいな。お墓の前で、じいちゃんの好きな日本酒で乾杯して、ワイワイ皆で賑やかにやってくれ。家族が笑って楽しそうにしてるところを、じいちゃんは天国から見たいんだよ。それに、大切な家族には自分が死んだ日よりも、生まれた日を覚えていて欲しいからな」
――おじいちゃんらしいや。
思わず泣き笑い。死んだ日を悼まれるより、大切な人達には自分が誕生した日を祝福し続けて欲しい。実に、祖父らしい前向きな言葉。だからこそ、私もいつまでも哀しみ続けず、祖父の死を受け止め、前に進もうと思えた。
手紙が好きだった祖父は、奇しくも文月生まれだった。祖父の(生きていれば)卒寿の誕生日の朝、今年も私は祖父との思い出や私の近況報告を手紙に綴った。祖父亡き後、十年続く、そしてこれからも続いてゆく恒例行事。直筆で一文字、一文字便箋に書き付けてゆくと、祖父と真摯に向き合えている心地になれ、遠くに逝った祖父を身近に感じられた。
手紙と祖父の好きだった地酒を携え、両親と『誕生日参り』に出かけた。梅雨晴れの下、祖父の墓前で手紙を読み上げてから、に日本酒を注ぎ、家族四人で乾杯。(『献杯』という言葉は、祖父は好まない筈だから)を掲げ、そして祖父が世界で一番可愛いと褒めて、とびっきりの笑顔で今年もいた。

「おじいちゃん、お誕生日おめでとう!」

ゆかり