「墓前にて」
家族にも他人にも強いところのなかった父が入ってから墓所にドクダミの花が咲くようになった。
最後に母と墓参りに行ったのは10年ほど前の初夏になると思う。
「触らないで、手がくさくなるから」と素手で墓石の周りに生えたドクダミをつんでいる
その時すでに65才は過ぎていた母に三十路を過ぎた息子が何を言えばよいか分からず
独特なあのニオイの中、それでも一緒に黙ってドクダミを抜いていた事を覚えている。
下水道の測量会社を営んでいた父のおかげで子供時代はそこそこ恵まれた環境の家庭だったが、僕が大学生になり父が還暦を過ぎたあたりから暮らしは厳しくなっていった。
子供に対しては特に無口な父だったが、突然事務所を閉じて仕事場を自宅の一室に変えたり、20年以上他人に貸し続けていた新宿駅の近くのマンションの一室を売ったりするのを見ていればさすがにわかる。
それでも大学を卒業させてもらい、社会人になって5年経ったころ
父が末期の肝臓癌を抱えていることを知らされた。
仕事ばかりしていて子供時代に遊んでもらった記憶はなく
大人になってからも母を介して話すことがほとんどだった父。
自分が父に何ができるか考えているうちに経ってしまった2年。
あっという間に病状は深刻になっていった。
夜中、病院から連絡が入り駆けつけた病室。
思いがけず2人きりなった時間。
何をどうしていいか分からず「おす、どう?」と危篤状態の父に笑いかけてみた。
朦朧とした父が一瞬目をひらき僕の顔を見上げ、イヤなモノを見つけてしまったように押し出した言葉は「バカにしやがって」だった。
父がその時見上げていたものが本当に僕であったかは分からない。
ただ、僕は何も言えずそのまま薄く笑っていた。
「大丈夫だよ」とか「そんなことないよ」とか「ふざけんな」とか何か言えれば良かったのかもしれないが
よくわからない何本かの管や紐でベットにつながれた父に向かってもう笑い顔とは言えないそれをただ顔に貼りつけ、早く誰か来て欲しいと思っていた。
あれから19年、今も墓所にドクダミの花は咲く。
なんでもやりたがる5歳の娘は僕と一緒にドクダミを抜こうとする。
「手がくさくなるからやめな」と言って母との最後の墓参りを思い出した。
今は同居はしておらず、お盆彼岸に関係なくお互いに気が向いた時に墓参りをする癖もあり、母とはもうずいぶん一緒に父の墓所には行っていない。
ただ、ちょっと墓所には似合わない淡くて明るい色の花を見て母が今も定期的に墓参りに来ていることは分かっている。
久しぶりに一緒に墓参りをしたくなった。
今もドクダミの花は咲いている。
少し減った気がする。